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成果を上げる5つの習慣的な能力 P・F・ドラッカー

石﨑 則夫 さんが4年以上前に追加

成果をあげる人は、能力、関心、知識、気性、性格、仕事の方法において多様である。
あらゆることにおいて千差万別である。

共通点は、行なうべきことを行なっているだけである。
成果をあげるために身につけておくべき習慣的な能力は五つある。

  1. 時間を管理する。自分の時聞が何にとられているかを知ることである。残されたわずかな時間を体系的に管理することである。
  2. 貢献に焦点を当てる。外の世界に対する貢献に焦点を合わせることである。
  3. 強みを生かす。強みを基盤にすることである。
  4. 重要な事に集中する。優れた仕事が際立った成果をあげる領域に力を集中することである。優先順位を守るよう自らを強制することである。
  5. 成果をあげるよう意思決定を行なうことである。

これらは、つまるところ習慣の問題である。
いかに聡明、勤勉、創造的、博識であろうと、これら五つの習慣的な能力に欠けるならば成果をあげることはできない。


返答 (29)

第40回仕事と人生に生かすドラッカーの教え「自らを生き生きとさせ、成長を続けている人は、自らの仕事ぶりの評価を、仕事そのものの中に組み込んでいる。」致知2022-7 - 石﨑 則夫 さんがほぼ2年前に追加

自らを生き生きとさせ、成長を続けている人は、自らの仕事ぶりの評価を、仕事そのものの中に組み込んでいる。
  • 第二回の対話の締めくくりは、いつもこの問いで終わりました。
    • 集中すべきことは何か。改善すべきことは何か。勉強すべきことは何か。
  • 一定期間後、実際の結果とその期待を見比べなければならなかった。
    • 事前に聞き留めて置くことで「このくらいでいいか」などと事後に期待値を調整する曖昧さを排除しました。
  • これをフィードバック分析と呼ぶ
  • 数年取り組めば、次のような効果が期待できる。
    • 分析によって明らかになった強みに集中し伸ばす事。
    • 伸ばすべき技能、新たに獲得すべき知識を知る事。
    • 専門以外の知識を軽視してはいけない事。
    • 成果をあげる上で邪魔になっている悪癖を改める事。
    • 成果をあげる事をさまたげている人への接し方を改める事。
    • 苦手なものは行わない事、又人に任せる事。
    • 並の分野での能力の向上に無駄な時間を使わない事。
  • 本当に行うべきことは優先順位の決定ではない。集中出来る者があまりに少ないのは、劣後順位の決定、即ち取り組むべきでない仕事の決定とその決定の順守が至難だからである。
  • ●●していないかを自問し、日々の行動から省いていくこと。
  • ●●しようという心が生む煩悩(妄想)をいかに省いていくか。
  • 自分の外側にあるものを廃棄し、内面に集中すべきことの大切さ

第41回仕事と人生に生かすドラッカーの教え「歴史上初めて、人間のほうが組織よりも長命になった。そこで全く新しい問題が生まれた。第二の人生をどうするかである。」致知2022-8 - 石﨑 則夫 さんがほぼ2年前に追加

  • 第二の人生を持つには、一つだけ条件がある。本格的に踏み切るはるか前から、助走してみなければならない。
  • 燃え尽きたとは、たいていの場合飽きたというだけのことである。
  • ドラッカーは二つの自己開発領域を示しました。
    1. 一つは人としての成長であり、一つは貢献の為の能力の向上だった。
    2. 貢献の為の能力の向上は、自らの強みを伸ばし、スキルを加え、仕事に使うことである。
  • 人の成長に関わる自己開発領域を人間学と言います。これに対して知識やスキルを時務学といいます。前者を本学、後者を末学ということがあるのは、本(もと)が大切であることを教える為です。
  • こうして考えてみると、第二の人生とは、天分を開発し、真の自己を生き、志を遂げる人生の本番のことなのかもしれません。
  • 我々の人間の価値は、その人がこの二度とない人生の意義をいかほどまで自覚するか、その自覚の深さに比例すると言っても良いでしょう。

第42回仕事と人生に生かすドラッカーの教え「われわれがこの転換期にあることは明らかである。」致知2022-9 - 石﨑 則夫 さんが1年以上前に追加

  • 碩学・安岡正篤先生は、自著でドラッカーの「断絶の時代」に触れ、Discontinuity を疎隔と表現し、その反対概念を「連続・統一」と指摘しました。
  • 物事が生成発展する為には、分化と共に統一という考え方も必要であり、人間も同様です。
  • 人間は現象的に煩雑になれば成程、根元から遠ざかり、生命力が弱くなる。木でもそうですね。木と言うものはあまり枝葉が茂り過ぎたり花や実が付きすぎたりすると、一時的には大そう盛んなように見えるけれども、実はそれによって樹の生命力は非常に弱くなる。人間も丁度木と同じことで、内面生活の充実を忘れていたずらに煩雑な外面の現象に捉えられておると、だんだん生命力が減退してくる。
  • 高度経済成長期に、花や実が付き過ぎ、生命力を弱めていたのかもしれません。
  • 次の継続時代には、自らの生命力を甦(よみがえ)らせねばなりません。自反の力の必要性を説いています。「生命力を強くするためには常に内に反(かえ)らなければなりません。内に反って己に徹し個に徹するほど力が出てくるものであります」。
  • 江戸という自反の時代の成果が明治維新として結実したのです。その根本に武士道という精神の神髄が横たわっています。
  • これから迎える時代はこれまでの変かを自分の生活環境にしっかりと定着させ、地に足をつけて統合して生きて行く時代です。
  • 断絶の時代には、知識や技能を教える時務学が枝葉のように繁茂します。しかし、繁茂によって弱った幹や根をもつ木が立派な花や実をつけることはありません。継続の時代は根を養う時です。知識や技能を統べる人格を陶冶する人間学の時代です。継続の為に変化や革新が必要です。これが本末先後です。
  • 自反尽己―何事も自責と捉え自分の全力を尽くす事―に根を養う要諦が込められています。

参照

第43回仕事と人生に生かすドラッカーの教え「知識は、本の中にない。本の中にあるのは情報である。」致知2022.10 - 石﨑 則夫 さんが1年以上前に追加

何に痺(しび)れるか、私淑する人物に出会う
  • 神々が見ている。
  • 私淑
  • 何にしびれるか。人間は本物に痺れなければならない。
働くこと。即、人物修養の機会
  • 知っている事(情報)と出来る事(知識)の間には、天地の差がある。
  • そういう人生の事実、生活を勇敢に体験すること。その体験の中にその信念を活かして行って、初め吾々に知行合一的に自己人物を練ることが出来る。
古典、歴史、人物から学び根を深く養う
  • 古典と歴史と人物の研究、これを徹底しなければ人間の見識というものは磨かれない。
  • 見識とは、知識を理想に照らして物事を判断する基準になっている段階です。
  • 胆識とは、困難な状況に立ち向かう実践的勇気が見識に加わった段階です。
  • 偉大なものに参るから感激の前に自ら省みて、よく恥じ、よく慎む、だから礼節というものに豊かな筈です。

参照

(26-29/29)