【令和7年5月11日(日)】母への思いやりから始めてみましょう。
庚 | 六白金性・申・陽 | 更(あらたまる)と同語で、草木の実が成熟し、花から実へと成長が更新される。これまでの発想と異なる新たな思考性がある。変革、改心、イノベーション。原材料・天然素材:悠然とした行動力で指導する大器晩成の気質。 |
辰 | 八白土性・戊・陽 | 震を表す。奮・振・伸に通じ、勢いよく生命(いのち)を振動させて成長する旺盛な自己鍛錬。辰は、十二支の中では最も強い運勢力を持っています。7~9時 |
二黒土性 | 坤為地・上徳谷如・陰 | 従順さと無償の愛、奉仕の精神。柔軟さ、寛容、謙虚、堅実、勤勉。 |
二黒の本日に実践したい特性
(16)行:不言実行。人への思いやりをライフスタイルとする。
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『敬、怠に勝てば吉なり。怠、敬に勝てば滅ぶ』小学
敬(つつ)しみの心が怠(おこた)りの心に勝てば吉だが、逆に怠りの心が敬しみの心に勝てば、その結果は滅びに至る、の意である。
時を越え国を越えて不変の真理である。「敬」には”つつしむ”の他に”真心を込めてつとめる”の意もある。
「現実に甘んじないで、より高きもの、より貴きものを求める心が敬である」安岡正篤翁
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月刊致知2023.12月号より
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この「敬」の心が主体となって、一連の精神が発達し、そこにつくり上げらえたのが宗教であります。
人間は敬することを知ると、自ずから恥ずるということを知るようになります。
そこからつつしむ、いましめる、おそれる、修める、といった真理が発達する。
これが宗教に対する道徳の本義です。
したがって道徳の中に宗教があり、宗教の中に道徳がある。
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安岡正篤活学選集より
自分より偉大な存在に憧れ、近づこうと努力する。
行う事で至らなさを知り、敬する心が生まれる。
そして、敬する心を与えられたのは人間のみと気付きます。
敬には、つつしむ、真心を込めてつとめるとの意味がある。
そこから、自分をいましめる、偉大なものをおそれるとなる。
だからこそ、宗教や道徳を通じて己を修める必要がある。
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学問の道は、人と禽獣(鳥と獣)とでは、どこが違うのかを知ることが肝要である。その違う点とは、五倫(父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信)、五常(仁・義・礼・智・信)を守っているか否かにある。これを失った者が庶民、頑張って得たものが君子、ゆったりとして自ずと身につけているのが聖人である。衆人は努力すれば聖人にも君子にもなれるが、禽獣に落ちるものもある。
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松陰先生(講孟劄記:こうもうさっき)
先人は、五輪・五常を守り本尊として「敬」の実践を勧め、精進次第で君子(人格者)に成れる事、堕落すれば獣(ビースト)になる事を教授してくれています。
『君子は言に訥(とつ)にして行いに敏ならんと欲す』論語里仁第四24
訥言敏行(とつげんびんこう)という四字熟語の元になっていますが、人格者はたとえ口は重くても、行動は敏速であるべきだということです。
悪党という言葉はあっても、善党という言葉はありません。
悪人は後ろめたいから、罵詈雑言を吐き、徒党を組んで一つの旗印の下、同じ悪さをする。
後ろめたさという波動、感覚、氣が、波長同通、感応道交、同気相求の原理でくっつく原理が働くからです。
善人は、徒党を組む必要が無いから、無言迅速に行動することが出来る。
悪人か善人かの見極めは、それ程難しくないと思う次第です。
人間の姿をした悪魔に要注意です。
澄んだ心を持つならば、愚直に、訥言敏行のヒトたりえるものです。
水面(みなも)の光は 濁っていたら届かない。
ところで、本日は母の日。
「隗より始めよ」ではないですが、母への思いやりから始めてみては如何でしょうか。
合掌