【令和2年5月28日】山であるが故に、周囲の目線や言葉を浴びます
前略
友引の昨日は、長年の同僚と久々に
行きつけで外食しました。
年長者の自覚、若い世代・子供への配慮が
欠けていると談話しながら思った次第です。
つまるところ、自分自身は己の経営者であり、
一身独立、独立自尊の自覚の欠如。
この程度の国民に、この程度の〇〇〇。
スローモーションで壊れていくのを目撃しながらも
歴史の必然であり、創造神ブラフマー(Brahma)による
建設の前の破壊と捉え、嘆くより己の足元を一灯照隅、
七赤「悦」の口を使いながらも、周囲にオアシスの
提供を心掛けました。
本日は、758・八白土性・辛未(かのとひつじ・シンビ)です。
辛(七赤金性・酉・陰):植物の成長過程で言えば、実が損傷なく無事に地上に落下する。
環境の変化を象徴しています。新(あたらし)と同語で、生命が新しい段階へシフトするので、
辛(つら)いながらも、新たな人生を築くことを教えてくれています。
未(二黒土性・己・陰)は、午を経て人間味に磨きがかかり、技芸を発揮するとの意味が含まれます。
八白土性(艮為山・無執着・陽):物事のイノベーションと不動心。
物への執着を離れ、精神・霊的世界、目に見えない世界を追求し、
不動心をもって Innovation にあたります。
信念、改革、不動心、精神力。
山はそびえ立つ故、周囲の目線や言葉を浴びます。
寛容さをもって、あらゆる言葉に耳を傾けつつも
心を動かされず、厭離穢土(おんりえど)欣求浄土(ごんぐじょうど)
を旗印とした家康(八白)の如く、教導愛をもって経世済民に動きましょう。
厭離穢土(おんりえど)欣求浄土(ごんぐじょうど)とは、穢れたこの世を厭い、
離れたいと願い、欣(よろこ) んで浄土に行くことを切望するとの意である。
転じて、平和な浄土を願い求めるならば、必ず仏の加護を得て事を成すとの意味である。
草々